CONCEPT OF DYNAMISM

「極みのダイナミック」のフィールドは与えられた。
厳しく切り立つ山並み、それを縫うように這う河川・湖沼…地上は豊かな自然にあふれている。
このダイナミック感極まる大自然の中で、バス・フィッシングに興じる多くの人々。
それぞれのフィールドで、それぞれのスタイルで、バス・フィッシングを満喫しているのだ。
春夏秋冬、四季の移ろいに身を投じ、自然と触れ合っていることを肌で感じる、貴重な時間。
釣りは、現代社会にいて、自らが選んだタックルを通して、自然と対話できる数少ない手段の1つなのだ。

しかし自然は、そう優しい顔ばかりではない。
まさに千変万化の表情を見せる。

雨が降り、雪が積もり、風が吹きつける。一瞬にして目の前は、荒々しい大自然が牙をむく。
そのような大自然の中で、彼らはしたたかに生き抜き、その体躯をひたすら成長させているのだ。

荘厳なまでの大自然の中で、巨大な彼らと「ダイナミック」に戦う。
自らの命を守ることを絶対条件に。 
       
これほどまでに“生きている”を感じることはない。

生きるか、死ぬかの極限に中で、はじめて“SAMURAI”が目を覚ます。

釣りは、発達した文明の、喧騒の日常生活の中で、忘れかけた戦いの本能=”SAMURAI”を、呼び起こす貴重な瞬間。
「理性」と「知性」のシールドのその上に、“SAMURAI”の鎧で全身を纏うのだ。怪力の駿馬が咆吼を上げ、荒立つ波を踏みつける。愛用のロッドを刀に、手にしたルアーに命を吹き込む。

極限の戦いは、もはや自然が相手ではない。
自分自身との戦いなのかもしれない。
もっと大きい魚を…極限の中で冷静に考え、どこまでも熱く勇猛に立ち向かう。
狡猾極まりない巨大な彼らと戦うと同時に、自らの真の価値が問われているのだ。

足のすくむような巨体を仕留めたその戦いの後は、ずいぶん逞しくなった自分を感じる。
極限を戦い抜いた抜いた者だけが味わえる充実感・達成感がそこにある。
それぞれの日常に戻れば、何かの困難に、より一層粘り強く打ち込んだり、より一層正しい判断のもと正解を見極めたり…。
戦いで得たものは、精神と肉体へとフィードバックされ、複雑な社会を生き抜く糧となり、武器となる。
自然によって、自らが鍛錬されるのだ。

自分を磨く、至上のフィールドが与えられた。
“サムライ”を眠らせておくのは、もったいない。
お気に入りのルアーを竿先に、ただひたすらに夢を追って、ダイナミックに駆け回りたい。

クリムゾン代表 虎若 “颯-HAYATE-”